2009年5月8日金曜日

ビビアンのコンテキストシナリオ

About Face 3 読書ノートの11。

さて、About Face 3 によれば、コンテキストシナリオこそ、「デザインの開始位置」なのです。

以下引用。

コンテキストシナリオの範囲は、広くて比較的浅いものにする。製品やインタラクションのディティールを書き込んではならない。それよりも、ユーザーの視点から見て、高い水準の動きに重点を置く。最初に大きな図を描き、ユーザーの用件を系統的に突き止めていけるようにすることが大切だ。適切なインタラクションやインターフェイスをデザインできるのは、それらがはっきりしてからである。

引用終わり。

いやあ、びしびし語りかけてきますね。

つまり、まずコンテキストとゴールを明らかにして、そのゴールを実現するために、これからデザインしようとするシステム/デバイスがいったいどんなふうに使われるのか、そこらあたりを大ざっぱに書いてみるってかんじでしょうか。

137ページに例が載ってます。120~240字でまとめられた8つのパラグラフからなる、全部で約1200字ほどの文章。題して「ビビアンのコンテキストシナリオ」。

これを見れば、具体的にどんなスタイルで、どれくらいの粒度で書けばいいのか、だいたいつかめます。

それから、文章を構成している要素を分解してみると、

・コンテキスト
・ゴール
・ゴールを実現する上での課題
・課題を解決するために果たすシステム/デバイスの役割

だいたい以上の4つのポイントを押さえるようにして書かれているみたいです。

ちょっと紹介してみたいと思います。

シナリオに入る前に、まずペルソナの定義から。シナリオの主人公の名前はビビアンです。

不動産屋に勤めているビビアンには、夫がいて、学校に通う娘がいる。

ビビアンのライフゴールは、妻として母として家庭生活をけっして疎かにすることなく、その一方で、ばりばりと契約をまとめる敏腕エージェントとして活躍すること。

不動産屋の勝負は、数多くのクライアントを、いかに効率よく、それぞれの希望に添う物件に案内できるか。しかも、”え、ひょっとして専任でついてくれてるの?”と思わせるほどのクイックかつ的確なレスポンスで。

そんなビビアンを少しでも楽にしてあげられるシステム/デバイスとは?ってことでコンテキストシナリオが書かれます。

まず、システム/デバイスにまったく触れずにシナリオの要点をまとめてみるとこんなかんじになります。

(1)朝、娘を学校に送り出すまでの世話を焼きながら、クライアントの突然の求めに応じてその日の午後にアポを入れる。

(2)オフィスにはその日の外回りに必要な書類をとるためだけに顔を出す。(面倒な活動報告などもなし。)

(3)これから案内する物件に向かう途中、クライアントに関連する情報に目を通しておく。一方で目的地までの正確な経路もちゃんと確認。正確な到着時間を知らせるためにクライアントに電話を入れる。

(4)クライアントに物件を案内している最中、娘から緊急連絡が入る。(接客中に緊急連絡を入れられるのは家族だけ。)どうやらバスに乗り損ねて帰るに帰れないらしい。自分は今手が離せないないので、夫に連絡した。夫が迎えに行けることがわかってほっと一安心。

こうやってかいつまんでみると、以上はそのまま、システム/デバイスが使用されるシーン、コンテクストの描写になってますよね。なおかつ、これ、全部そうだといいな、ってことなんで、システム/デバイスがビビアンにもたらすエンドゴールのイメージにもなっていると思います。

エンドゴールのイメージってことは、(1)~(4)ともに、実は、そうであるために解決したい課題があるわけです。で、それを、これからデザインするシステム/デバイスがどうさばいてくれたらいいのか、そのあたりのことをさらに書き加えてみると、例示されているとおりの文章になっていくでしょう。

ちなみに彼女を彼女のゴールに導くお手伝いをしてくれるシステム/デバイスとは、「PDAタイプの電話」、いわゆるスマートフォンです。

たとえば、上記の(3)にあたる部分は、例では 第5,第6パラグラフとして次のように書かれています。

以下引用です。

5.時間が過ぎるのは早く、彼女は少し遅れている。フランクに見せる物件のもとに向かっていると、電話が約束の時間まであと15分だということを警告してくる。彼女が電話を開けると、アポだけではなく、電子メール、メモ、電話メッセージ、フランクの番号への発信記録など、フランク関連のあらゆるドキュメントのリストが表示される。ビビアンが発信ボタンを押すと、電話はフランクとのアポが間もなくであることを知っているので、自動的にフランクに電話をかける。彼女は、20分で着くと連絡する。

6.ビビアンは物件の住所こそ知っているが、正確にどこなのかについては少し自信がないので、アポに記入したアドレスを引っ張り出して軽くたたく。すると、電話は現在位置と目的地の関係を示す小さな地図と彼女に対する指示をダウンロードしてくる。

引用終わり。

これで、ゴールに立ちはだかる課題と、課題を解決するためにシステム/デバイスがどう役立ってくれるかのイメージがはっきりしてきますよね。

ところで、課題をどう解決するかっていうのは、システム/デバイスをどう実装して実現するかというのとは違います。あくまでも、こんなこといいな、できたらいいな、の、のび太レベル。About Face 3 ではこれを「魔法のふりをする」あるいは「魔法のインターフェースがあるふりをする」といっています。

たとえば、このコンテキストシナリオで描かれる魔法の「PDAタイプの電話」はこんなかんじです。
(いや、実際、こんなのありそうですけれども。)

・手軽にメールチェックができて、メールからシームレスに電話もかけられる
・相手と電話(スピーカーフォン)で話ながら、スケジュールを確認できて新しいアポを登録できる
・登録されたアポはオフィスで共有できる
・アポの時間が近づくとリマインダー通知が行われ、PDA内部では当該のアポ関連の情報が"活性化"する
・現在位置を目的地をプロットした地図が表示できる
・留守電モードであっても、"秘密のコード"を知っている人からは通話モードで連絡が入る
・インタントメッセージの送受信ができる

しかし、こういう一連の機能をどう実装するのかなんてこの時点ではまったく心配していないし、具体的にどんなインタラクションで操作するのかについても非常に無責任にすらすらっと書いちゃう。「アポに記入したアドレスを引っ張り出して軽くたたく」なんて。

コンテキストシナリオの眼目は、どう作るか、ではなく、何を作るのか、をはっきりさせること。"実現方法"は、コンテキストシナリオを固めた後に、コンテキストシナリオに基づいて考えていけばいいことじゃん、と。だから、ここが「デザインの開始位置」になるわけです。

そう考えてみると、この本に書かれているわけではないですが、上でやってみたように、コンテキストシナリオで明らかにしたい4つのポイントを意識しつつ、まずは、システム/デバイスにまったく触れずに、コンテキストとゴールを明らかにするためだけにシナリオを書いてみるのがいいんじゃないかと思うんですよね。ここまではユーザー調査の結果をペルソナにまとめる作業の成果から、わりと論理的に導けるはずです。仮にペルソナが想像上の「暫定ペルソナ」だったとしてもね。

で、その後に、ゴールの前に横たわるいくつかの課題と、それを解決していくシステム/デバイスのイメージを書き込んでいってみると。ここは、ちょっとクリエイティブに、思いっきり「魔法のふり」をしてみながら。

その「魔法」は、デザイン/設計の工程が進むにつれてボコボコにされる運命をきっと辿りますが、それでも最後まで参照される成果物として生き延びていきます。

そこに描かれた「魔法」たちが要請されたニーズを、別のかたち(実現方法)ではあれ、きちんと満たしているかどうか? それが、その後作られることになるワイヤーフレームや画面モックの評価の基準になるわけですから。

ワイヤーフレームや画面モックを目の当たりにして、あれ、はたしてこれでよかったんだっけ?なんて不安になったら、それらが魔法の代わりとしてコンテキストシナリオにずっぽりハマるかどうか検証してみるとよろしい。

そう、これがないからさ、前のエントリーに書いたような話になるんじゃないかなーなんて、思うんですよね。どうでしょうね。

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