しかし、今、どこにいけば石焼きいも屋さんに遭遇できるのか、とんと見当がつかぬ。まるっきり見かけたことがない、というわけではない。記憶をたどれば、いつかあの公園の入り口のところに、たしかあの駅のロータリーのところに、といった光景がたしかによみがえる。しかし、よくよく考えてみると、いずれもはるか昔の話。
いもを買ってきて家でこしらえることも考えてみた。娘にどうかと問うてみると、やおら居住まいを正してこちらに向き直り、おとうさん、わたしは石焼きいもが食べたいのです、ふかしいもではありません、と、こうくる。
そこで、休日の手持ちぶさたにまかせ、娘と車に乗り込みほうぼうをさまよってみた。娘には小腹を空かせておくようにいっておいてのこと。もっとも、すでに娘は石焼きいもが駄目ならあんまんが食べたいなどと言い出していたのだが。
母から駅前のパチンコ屋にいたのを見かけたことがあると聞いていた。街道沿いのスーパーマーケットの駐車場によく姿をあらわしていたような覚えがあるとも。それに、一時間もかければ車で一回りできる範囲に、休日ともなればそれなりに人で賑わう大きな公園がいくつかある。香ばしいダミ声を前触れとしながら、原っぱの上にあそび疲れた家族づれを狙いすまして、ゆっくりと近づいてきてもいいはずだろう。よく晴れてはいるが、今日はとても寒い。
しかし、ついにその姿はどこにも見当たらなかった。いくら耳をすましても、遠い空を伝ってあの声が届くこともなかった。石焼いも屋が出てくるにはまだ日が高すぎるのか知らん、などと、なんの足しにもならぬことをいって、娘にはあんまんを買い与えた。
その日以来、往来に、雑踏に、なんとはなしに石焼きいも屋の姿を探し求めるようになった。はたして、さほど日もたたぬうちに二度ほど遭遇することができた。
一度目は、井の頭公園の動物園の入り口のところ。午後6時頃だったか。二度目は、西武新宿線下井草駅の南口にある西友のわきで。こちらはまた別の日の午後11時頃。いずれも一人のときだったが、おもわず、ここにいたか、ああ、ここにもいたか、と声を出した。
だが、このように不意に石焼きいも屋に出会っても、困るのだ。いついかなるときも石焼きいもを辞さず、というわけにはまいらない。どうにかして、こちらが食べたいときに石焼きいも屋を発見し、追いすがる手だてはないものか。
都内の局所的な天気予報を10分刻みで提供するケータイサービスなどでは、各地に協力者を募り、刻々の気象の変化を報告させているという話を聞いたことがある。同じように、石焼きいもを好む者同士、互いに協力しあい、いまここにいた、あそこにいたという情報を集めては、これを Google マップなどにプロットし、リアルタイムに更新し、今、どこにいけば石焼きいも屋に出会えるのかがぴたりとわかる、そんな情報サービスを作ることはできないものだろうか。
あるいは、ケーブルテレビの JCOM などが、専任の斥候スタッフを放ち、地域密着型の情報提供サービスとして提供するのはどうだろう。
石焼きいも屋の業界にどのような組織があるものか知れぬが、元締めたる者が音頭をとり、なんとかしてあの屋台にGPSとネットワーク端末をとりつけてしまうのがいちばん手っ取り早い。食べたいと思ったときに探せるだけでなく、特定のエリアに石焼きいも屋が足を踏み入れるや否や、希望する者にメールで通知が入りもする。はやくこないといっちゃうよ~、などと。
期間限定でもいい、これが始まるといよいよ冬の到来、春先なら、花粉マップがそれにあたる、ネットの風物詩。クリスマスともなれば、サンタクロースをレーダーに捉えるジョークサイトが登場するが、あれははかない夢の話、こちらは、ほっかほかの真実の芋の話。
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