2009年12月11日金曜日

ツールのニーズ

About Face 3 読書ノートの 21。

「ゴールの達成には直接的には貢献しないが、それをしなければゴールを達成できない」ような作業を About Face 3 は「間接税的な作業」と呼んでます。たとえば、遠い目的地を目指すのに車を使いたい。しかし、車を使うには、まずガレージのシャッターを上げなくちゃいけない、ああ、めんどくさい。とかね。

PCでいえば、まず、ソフトウェアをインストールしなくちゃいけない、ネットワークの設定をしなくちゃいけない、OSが拡張デバイスをうまく認識するように設定してあげなくちゃいけない、ファイルのバックアップのことを心配しなくちゃいけない、とっちらかったフォルダを漁って目的のファイルやアプリケーションを探し出さなくちゃいけない、ウィンドウの位置やサイズがしっくりくるようにいちいち調整しなくちゃいけない、初心者向けのおせっかいなヒントを一撃必殺の早業で消したり、いつまでもご親切なウィザードにつき合わされなくちゃいけない、煩雑な画面から必要な情報を、過剰な装飾の中から操作可能な領域を発見しなくちゃいけない、ナントカデスクだのナントカタウンだの、回りくどい喩えと機能の対応を推し量らなくちゃいけない、今、目の前に表示されている登録済みのメールアドレスを変更するために、わざわざ特別な画面に出向いて行かなくちゃいけない、理不尽であるか、あるいは取るに足りないささいな事柄に関する警告に悩まされ、挙げ句の果てに、さもこちらに落ち度があるかのように扱われる屈辱に耐えなくちゃいけない、って、いっきにまくし立ててみましたが、これみんな間接税的な作業の具体例として、About Face 3 が告発していることです。

そして言います。こういうの全部、いってみりゃアンチゴールダイレクテッドなインタラクションでしょ、できることなら根こそぎ取り除きたいよね。それが無理なら、せめてできるだけ目立たないように、できるだけの手を打ちたい。そのためにはまず、こういうことに意識的に、そして、敏感にならなきゃだめだよね、と。

なにかにつけ、そんなことがめんどくせえようなら死んじまえ、が口癖だった父に恐々としながら育ったぼくは、だから、生来、インタラクションデザインには実は不向きなのではないかとも思うのですが、ま、しかし、生まれつきや三つ子の魂だけでやっていける人生なんてないわけですから、ここはひとつがんばって、年齢不問で成長していきたいです。

さて、そう思って、間接税的な作業について取り上げているChapterを何度も繰り返し読んでいると、こうした間接税的な作業を生む温床には次のようなものがあることが自ずと腑に落ちてきます。

ひとつ、ユーザーの習熟度の多様性を無視すること
(中上級者をいつまでも初心者扱いするとか)

ひとつ、ポスチュアのあり方に無頓着であること
(本来、支配者的なポスチュアであるべきなのに、単発的なポスチュアをとってしまうとか)

ひとつ、蓋然性より可能性を重視すること
(ほとんど起こらないことに備えて、普段の作業をぎこちないものにしたり)

ひとつ、フェイルセーフではなく、フールプルーフで対応しようとすること
(やり直しがきくようにできないものだから、失敗ゼロを目指して作業をがんじがらめにしたり)

ひとつ、実装モデルを押しつけること
(入力と出力はつねに別系統とか)

ひとつ、単にさぼること
(機械でできるはずの推論と記憶を放棄してすましているとか)

しかしこれ、間接税的、と表現するのはどうなんでしょうね。About Face 3 が念頭に置いているのは消費税的なものみたいですけど。いや、わかりますよ。商品の対価に交換価値、使用価値以上の部分がふくまれているかんじ。でも、税メタファーじゃ、売り手(ツール)、買い手(ユーザー)とは別に、上前をはねてるやつが他にいそうな雰囲気じゃないですか。しかし、ここで悪いやつだとつるし上げたいのは、政府みたいなものじゃなくて、目の前でいけしゃあしゃあと不当に値をつり上げてる店のおやじのほうなんですよね。

一方で、このChapterに「ツールのニーズ」という言葉が出てくるんですけど、こっちのほうが、この問題を言い表すのにふさわしいような気がしました。ユーザーのニーズじゃなくて、ツールのニーズ。

ニーズって、あらためて言うまでもないことですけど、要するに、ゴールに達っするために何かを必要とすることですよね。ゴールに自足的に達することができないとき、不足分を補う何かを他に求めること。

何か思い定めたゴールがあるとして、しかし徒手空拳ではかなわないので、人は何か道具を探す。自足的にゴールを達成できないので、道具に対するニーズが生じる。一方で、道具のほうでも、実はそれ自体としてあるゴールを持っている。それは、つまり、ユーザーのゴール達成を支援することですね。だからこそ道具は道具としてありえるわけですけど、そのゴールを自足的に達成できないとき(間接税的な作業を生む温床)、道具にもニーズが生じてしまう。つまり、道具のほうが、今度はユーザーを道具として使おうとするわけです。これが間接税的な作業の正体。

しかも、それをうまいこと、ユーザー自身の発意による、ユーザー自身のゴールに向かうための仕事であるように見せかけるんですよね。質が悪い。案外、インタラクションデザインって、この倒錯を巧妙にカモフラージュするテクニックとして発達してきた部分も少なからずあるんじゃないでしょうか。

だから、冒頭でまくしたてたようなことに対する感性を研ぎ澄まして、目ざとく告発できるようになったあかつきには、「それって、ツールのニーズでしょ?」というセリフで決めてみたいです。ぼくは。

-----------------
sent from W-ZERO3

2 件のコメント:

manabuueno さんのコメント...

そして「機械を使いこなす能力 = ツールのニーズに文句を言わずに応じる従順さと、それを無意識にできるようになるまで自らを機械化する器用さ」ということになるわけですね。

takahashihideki さんのコメント...

そ、そうですね。そうなりますよね。

uenoくんってほんとに、ときに本間先生のようであり、ときにメーテルのようでもあり ... 。