2008年11月19日水曜日

ペルソナ作ってどうするの?

前から読もう読もうと思っていた「ペルソナ作って、それからどうするの?」、ようやく読みました。読もう読もうと思ってたのは、正直、「ペルソナ(なんて)作ってどうするの?」という疑問があったからです。

この本に書かれているデザインプロセス(の前半部分)をかいつまむとこうなります。

まず、ふつうに市場調査のプロセスがあります。定量的な調査と分析にもとづいて、何種類かのセグメントに分けてターゲットユーザーを設定します。

つづいて、セグメントごとに何人かのユーザー代表をリクルートして、コンテキスチュアル・インクワイアリーと呼ばれるインタビューを試みます。弟子入りして師匠=インタビュイーから、これからデザインするモノに関連しそうなさまざまな活動について学ぶわけですね。まとめたり抽象化したりして理解に努めるのではなく、インタビュアーは師匠のもとであくまでも体験学習をしてくるのです。

そうして師匠から学んだことを、今度は、ワークフローとしてモデリングしてみます。モデリングの観点は次の5種類。関係者とのコミュニケーション、個人的に行われる作業のプロセス、リファレンス類の用い方、物理的な作業環境のあり方、そして、社会的、対人的な背景です。

ユーザー代表ごとのワークフローモデルが描けたら、これを分類したり、まとめたりして、典型として把握できる何種類かのパターンに落とし込みます。そしてこれらのリデザインに取り組みます。つまり、これからデザインするモノを投入することで、ユーザーたちのワークフローを現状よりもよいものにできるかどうかに挑むわけです。モノのデザインとはつまり、モノをつかって行われるコトのデザインなのだ、というわけですね。このことは、この本の全編を通じて強調されていることでもあります。

と、ここまで読んで、これだけで充分すばらしいじゃん、この上、ペルソナなんて作る意味あるのかな、と思いました。本文中にも「ユーザーグループ別に行動やニーズの分類を自分たちの手を使って、時間をかけて作業を進めてきたプロジェクトチームにとっては、もはやユーザーの行動や経験は自分たちによく馴染んだものになっているはずです。そこまでたどり着いたメンバーにとっては、改めてペルソナを作らなくても具体的なデザインを進めることは可能です。」なんて書いてあるしね。

それと、ここまでの話は、たとえば、ワークフローの As Is と To Be をはっきりと描き出し、そのギャップを、開発における設計がそうであるように、論理的、合理的なプロセスを通じて分析していくことで、正しい要求を「開発」していこうとする、いわゆる要求開発の話に似ているな、とも思ったんです。

で、それが似ているって思ったところで、またちょっと転回がありまして。いや、既存の、ある程度出来上がっていて、それなりに有用なワークフローのリデザインだとしちゃうから、ペルソナなんていらないと思っちゃうんで、そもそも、何かの改善というんでは間尺があわないような新しいモノ、コトの話ならどうなんだろう、と。

一生懸命苦労して把握したワークフローが、直接のリデザインの対象にはならない場合。これからデザインしようとしているモノ、コトが、ワークフローのある部分を置き換えるというよりも、そうしたワークフローに隣接して存在できるかどうかが問われる場合。

たとえば、ウォークマンがない世界でウォークマン的なものをデザインするときに、コンテキスチュアル・インクワイアリーとワークフローモデリングで明らかにできることって、リデザインの対象ではないでしょう。

そういう場合、デザインする側はいってみれば丸腰なわけです。To Be に向かう論理的で合理的なプロセスなんて望めやしません。そこでなら、典型化されたワークフローモデルを、さらに人格化してチーム全体でつねに名指せるようにしておくことは役にたちそうです。あいつがこれを使おうと思ってくれるか、使ってくれるとしたらそれはどういう文脈でのことなのか、その文脈で使う場合、使いにくいところは出てこないかってね。デザインプロセスは全部試行錯誤でも、しかし、むやみやたらなものにはしなくて済むのかも知れません。

うーん、なるほどなー、なんて、いまのところ、ペルソナについては、そんなかんじの理解です。ただこの本、タイトルは一種の釣りで、もっといろんなことが書いてあります。いまはざっと一読してみただけですけど、しばらく手元においてつきあってみたいなと思ってます。


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