2008年7月17日木曜日

トップページのことは最後に考える

ギャレットの「ウェブ戦略としてのユーザーエクスペリエンス〜5つの段階で考えるユーザー中心デザイン」という本でいうところの構造段階にはいって、いよいよサイトデザインだなんつって、ワイヤーフレームを書くとき、いきなりトップページから考え始めるのはやめたほうがいいと思うんです。

いや、実際の仕事だと、だいたいトップページからいくことになるんですよ。クライアントもそれを期待するし、こちらもそういう進行を提案したりする。場合によっては、サイト全体のブループリントも定まらないうちから、トップページのカンプを作っちゃって、いきなり表層段階の問題を解きにかかる始末で。

サイトの第一義は、コンテンツやサービスの提供者の目的とユーザーのニーズをマッチングさせることにあるんであって、その現場は、トップページじゃなくて、当然ながらコンテンツそのもの、サービスそのものを乗せたサイトの末端にあるわけです。

だから、まず優先的に取り組むべきは、末端の、サイトの価値の発生源についての検討であるべきでしょう。

トップページがどうなるかなんて知ったことか、という態度で、サイトの一番の見せ場からワイヤーフレームを書けばいいんです。

なにしろ、そのマッチングの現場が、具体的に、どのようなものとしてありえるのかを定めていくことからしか始めようがないはずなんです。ほんとは。しかもそれが、サイトの価値を決定づける一番重要なプロセスです。

それで、そこが決まるから、あらかじめ何を開示して、何を隠して、どうアピールすれば、ユーザにその魅力に気づいてもらえるのかってことをやっと考えられるわけです。もうあとは、ちょっと極端にいえば、サイトのトップページもその一部にすぎないプロモーションの話なのかもしれませんよ。

よくトップページのワイヤフレームをみればサイト全体の構造がわかる、とかいうんですよ。トップページはサイト全体を写す鏡みたいなもんだ、なんて。

だから、トップページを結構にデザインすることで、サイトデザインのほとんどが終わったようなつもりになってしまう。

でも、トップページに必ずしもサイト全体の構造を十全に映し出す必要はないんです。その魅力あふれる現場にユーザを誘うための一通過点にすぎないわけですから。映し出されているのはむしろサイトの目的、ぶっちゃけていえば下心であるべきです。ギャレットの教えにしたがえば、それくらい戦略的であれってことです。

だいたい、仮にトップページがサイト全体を映し出す鏡なんだとしてもですよ、まず映し出されるものが先に姿を明らかにしてなきゃ、なんにも映らないでしょ。

たぶん、書籍の企画ならまず目次案を作るとか、原稿を書くならまずプロットを作るとか、そういう手法の延長でサイトデザインを考える流れがあって、そこから自然にトップページ至上主義みたいなことになっちゃったんじゃないかな、と思ったりします。

いや、本でもね、ちょっと仕掛けが凝ってるやつ、たとえば「ぴあ」みたいなガイドブックとか、写真、地図、テキスト、表組み、いろんなピクトグラムなんかが相互に有機的に関連しあって、読み物でもあるんだけど、一種の機能性も追求するようなやつ。

ああいうのは、やっぱり、そうしたいわばツールとしての側面に対する企画とデザインがあって、それから、じゃあ目次はどうあるべきだとか、目次と一緒に「この本の使い方」が必要だろうとか、そういう機能性を備えた本であることをユーザに気づいてもらうための表紙の作り方はどうだとか、そういう順番で考えるんじゃないかと思います。

Web の場合、「テキストを読む」がユーザ体験の中心になるようなサイトであっても、目次案を作れば全体を見切ったことになるようなタイプの書籍には似なくて、本でいうならガイドブックのような機能性がどうしてもついて回りますよね。(どうしてもというか、それがいいところだけど。)

そこに一番大事なユーザーエクスペリエンスというものがあるわけだから、トップページのことは最後に考える、でいいんです。

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